『凍解(いてどけ)』




枯れ果てた冬野を、白が覆い隠していく。
音もなく降り積もる色に支配された世界は美しく、だがどこか他から隔絶された様な冷たさが漂っている。
その静寂を破る微かな音と共に伸びていく一本の筋。
それを辿った先には、妖たちと人間の少女という不思議な一行が歩みを進めていた。

「あっ、殺生丸さま、ちょっと待って!」
思わず言に従ってしまった妖の腕から降り、駆け出した少女。
妖がその先に眼をやると雪を被った石の像が一つ、取り残された様に立っていた。
「……どうした」
「これ、お地蔵さまだ。こんな所で、ひとりぼっちなの……?」
「ただの石だ」
「でもかわいそうだよ。すごく寂しそう……殺生丸さま、もうちょっとだけ待っててくれる?」

くだらない。
そう思っても、頼りなげに見上げてくる瞳を曇らせる事は良しとしない妖だった。
ありがとうと言った少女は、周りの雪を集め地蔵の横に何かを作り始める。
一体何をしようというのか。


かじかむ手も厭わず、りんは作業に没頭した。
どうしてもこの地蔵を放って置くことは出来なかった。
……まるで、あの頃の自分を見ている様で。
真剣さが伝わったのか邪見の小言も聞こえては来ず、雪を押し固める音だけが耳に響く。
やがて緩やかな弧を描いた小山が出来上がると、前方に二つ、指で窪みを作った。
更にその少し上、雪に殆ど隠れていた落ち葉を縦に割いて挿す。

「……ほんとうは、笹と南天があるといいんだけど」

それでも、少女の想いが篭められた雪兎は、不格好で愛くるしかった。
最後に地蔵に積もった雪を払い、仲良く並んだ二つを眺めてみる。
忘れ去られていた、たったひとりに寄り添う小さな存在。
寂しげだった顔が、心なしか微笑っているように見えた。
「気が済んだなら行くぞ」
「うん」
少女を再び腕に抱き、何一つ標の無い世界に跡を刻んでいく。


「ありがとうね、殺生丸さま」
「何を、考えている?」
「……別に……ただ、ひとりぼっちは嫌だなって……」
「お前は一人なのか?」
「ううん、違うよ! 違うから……だから、嫌だって思ったの……」
言葉の代わりに少女を抱く腕に力を込める。
――そう、この感覚を知っているから。
どんなに寒くても一緒にいれば温かい。
このぬくもりを、かつての自分みたいなあの地蔵にもあげたかった。
何故か、急に胸の奥が潰れる様に痛んだ少女は、今あるぬくもりを力いっぱい抱きしめた。


雲間から、ずっと遮られていた陽が射し込んできた。
それに照らされながら舞い散る雪はまるで、太陽の光が粒となって降り注いでいるよう。
冷然とした世界は温度を得て、優しくそこに在るものたちを包み込んだ。


【終】

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