『笑門来福』




殺生丸さま、かごめさまから聞いたんだけどね、「笑門来福」って言葉があるんだって。
笑ってたら良い事が来るんだよ。ね、笑って?


あの村から帰ってきた途端、殺生丸さまに駆け寄ったと思ったら……
いきなり何を言い出すんじゃ、この小娘は? 殺生丸さまが《笑う》などあるワケなかろうが!
ワシが見たことのある殺生丸さまの笑みといえば……
嘲笑、冷笑、不敵笑い、あとそれから……何だか、意地の悪いものばかりじゃの……
いやいや決して、殺生丸さまが性格悪いとかそういう事ではないぞ!?
ええい、とにかく! おまえが言う様な笑顔なんて言うモノは殺生丸さまとは無縁なんじゃっ!!
全くお前というヤツは下らん事ばーっかり言いおってっ!

――って……殺生丸さま……? 何故こっちに向かって来られてるのですか……?
そして何故いつにも増して冷たい眼をしてらっしゃるのですか……?
えと……まさかとは思いますが、もしかして……ワシ、声に出しちゃっ……ぐぇっ!


あ、邪見さま踏んづけられちゃった。
すごーい、邪見さまの形で地面に穴開いてる……
えっと何だっけ、……そうそう、笑ってってお願いしてたんだ。
ねぇ殺生丸さま、ちょっとだけでいいから笑ってくれない?
だめ? う〜ん……どうしたら笑ってくれるのかなぁ〜……


りんがまた何やら要らぬ知識を植え付けられてきた。
表情を変えれば良い事が向こうからやって来るなど、いかにも人間らしい他に頼った考え方だ。
くだらん。
そう言っても、懲りずにあれこれ考えを巡らせるのは常のこと。
放って置けばその内諦めるだろう、そう思ったが、今度は随分と粘ってくる。
私が笑ったからといって、一体何になるというのだ?


ねぇ殺生丸さま、ちょっとりんの方向いて?
……あれ、これでもだめ?
りんが笑ってたら、つられて殺生丸さまも笑ってくれるかなって思ったんだけど。
はぁ〜、やっぱり無理なのかな? 笑ったら良いことがあるって本当なのにな……


こちらを向けと言うから向いてやったが、そこにあったのは見慣れた顔。
これで笑うと思ったらしい。
浅見だ、だが……
つい先程笑ったと思ったら次は眉根を寄せて考え込み、今は俯きがちに悄気(しょげ)ている。
よくもこれ程表情を変えられるものだ。
見て飽きないのは確かだな……


あれ? 殺生丸さま、今笑わなかった?
笑ったよね? ほんのちょっとだけど、笑ってくれたよねっ?
やった、嬉しいな♪
ね? 相手が笑ってくれたらこっちも嬉しくなるんだよ。
殺生丸さまも、嬉しいって思ってくれたらいいなぁ〜……


【終】

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