『灼情』




こんなにもか細く小さな身の裡に、迸る深緋の熱を宿すお前。
その膨大な熱量は、私の全てを焦がしてゆく。
指先で僅か触れただけで、それは私の中を駆け巡り焔(ひ)を点ける。
決して消えることの無いその焔は気付かぬ内に何かを溶かし、狂わせる。
―私の爪の毒などよりも余程性質(たち)が悪い。
お前はそんな事には気付きもせず、以前と変わらぬ無垢な瞳で見つめてくる。

―自分がどれ程の罪を犯しているのか思い知らせてやろうか―

そんな衝動に駆られて徒に腕を掴んで引き寄せた。
囀りにしか聞こえぬ声と共に、為す術なく胸に倒れ込む身体は余りにも軽く、柔らかい。
戸惑いに揺れる漆黒の瞳に映っているのは己のみ。
それだけの事で渇いた心は満たされていく。だが、こんなものではまだ足りぬ。


……どうしたの、殺生丸さま?
なんで急に引っぱったりするの?
わー……殺生丸さまの瞳(め)にりんが映ってる……なんだか、いつもの瞳じゃないみたい。
いつもは、涼しげで透き通った水底みたいなのに、今は射抜かれそうなぐらい熱い瞳をしてる。
どうしよう、目をそらせないよ。指一本も動かせないのに、りんの心臓の音だけどんどん大きくなってく。
だんだん、体が熱くなってきちゃった……なんでだろ?
りんの腕とあごを掴んでる殺生丸さまの手も、いつもより熱いような気がする。
そこから殺生丸さまの熱がりんに伝わっていって……息まで苦しくなってきちゃった……
りん、変だよね?殺生丸さま、たすけて……


こちらの思惑など知らぬくせに、何故そんな眼差しを向けてくる?
お前は判っていないのだろう、自分が今どんなに扇情的な瞳をしているかという事を。
許しでも請う積もりなのかも知れないが、もう遅い・・・焔を点けたのはお前だ。
掠める様に唇を奪えば、新たに生まれた熱で渇きは一層増してゆく。
その渇きを癒す為に再度、先程よりも長く吸った。
息苦しさに示す形ばかりの抵抗すら今の私には心地よく。
……だがそろそろ止めてやらねばならんか。
開放した途端に、上気した頬で荒い息を繰り返す……本当に息を止めていたのかと半ば呆れた。
責める様に向けられる、涙を浮かべた瞳や濡れた唇は妖しさをも漂わせて。
その時、悟った。
この熱が冷める時は来ないことを。
満たされることも無く、身体の芯まで灼き尽くしても尚鎮まることの無い熱。
穢れなど知らぬ振りをした純白を、血よりも紅く染めてやりたいこの衝動を全てぶつけたらお前はどうなるのか。
壊れてしまうやも知れぬ。燃えて無くなってしまうやも知れぬ。
それでも良いと思ってしまう己の浅ましさにつくづく嫌気が差す。
だが、もう止めることは叶いそうに無い――


今まで見たことない位殺生丸さまの顔が近くに見えたと思ったら、一瞬口に何かが触った気がした。
何なのか判らなくて訊こうとしたら、またさっきと同じ感触が、今度はずっと消えずにしてる。
これ、殺生丸さまの唇……?
なんで、こんなことするの?
息ができないよ……苦しい、お願い離して……


――本当に、りん死んじゃうかと思っちゃった。
まだ息苦しいよ……殺生丸さま、どうしたの?なんでさっきよりも熱い瞳をしてるの?
りんの唇、しびれたみたいで、でも熱くて……身体の奥からも熱が込み上げてくる。
りん、真っ赤な顔してない?
今すぐ水の中にとびこみたいぐらい熱いんだもん。
でも……熱いのは殺生丸さまもだ。
このまま、ふたりともどんどん熱が上がっていったら……どうなるのかな。
溶けちゃうのかな?
……でも、りんはそれでもいいよ。
溶けちゃえば、殺生丸さまとひとつになれるかも知れないから。
燃えて灰になっちゃってもいい。
灰になったらどこまでも飛んで殺生丸さまについて行けるから。




胸に消えない焔を宿したのはどちらからだったのか。
だがそんな事は、ふたりにはどうでも良い事。
白銀と漆黒は互いを灼き、溶かし、新たな色が生まれる。


【終】

『文箱』に戻る