『背中』




あのね、りんが一番たくさん見てるもの、何だか判る?
それはね、殺生丸さまの背中。
歩いてるときも阿吽に乗せて貰ってるときもずっと前を行く殺生丸さまの背中ばかり見てるの。
景色がきれいなところを通ったりしたらそっちを見ることもあるけど、やっぱりすぐに視線をもどしちゃうんだ。

邪見さまに「何を呆けた目で見ておるんじゃ!殺生丸さまに失礼だろうがっ!」って怒られたこともあったけど……いいよね?
その後、殺生丸さまに蹴られてたし。殺生丸さまは、だめなことはだめだって言うもん。
……でも、もし見るなって言われても、りん見ちゃうと思う。
だってすっごくきれいなんだよ?
ふわふわ揺れるもこもこも、風になびく銀の髪も、ぜんぶ日に照らされてキラキラしてて……
雨の日だってきれい。
髪にかかってる雨のしずくはまるで、おっかあから昔聞いたおとぎばなしにでてくる宝石みたい。

本当にきれい。
いつまでも見ていたいけど、りん、ちっちゃいから長いこと見上げてると首が痛くなっちゃうんだ。残念だなあ・・・
お顔もね、もちろんすごくきれいで大好き。でも、さすがにずっとは見られないの。だから、背中。


      あれから数年経った今も、りんが見てるのは殺生丸さまの背中。
殺生丸さまは全然変わってないけど、りんはだいぶ背が伸びて、もうずーっと見てても首は痛くならなくなったよ。
それでも、殺生丸さまの胸くらいまでしかないんだけど。
このまま、いつまでも殺生丸さまの背中を見ていられたらいいなぁ・・・。
そんなことを思ってたら、急に殺生丸さまがこっちを振り向いてりんをじっと見つめてきたの。
りん、びっくりしたのと金の瞳にみとれちゃって、そのまま固まっちゃった。
一歩も動けないりんの耳に、殺生丸さまが「りん」って言うのが聞こえた。

    ―こちらへ来い。もう背中ばかり見ていることもないだろう。―

……どういう意味?りん、殺生丸さまのとなりに行ってもいいの?
そう聞いたら、殺生丸さま、何も言わなかった。
黙ってるってことは、そうだってことだよね?
そばまで歩いていくと、殺生丸さまが歩き出したから遅れないようについて行ったよ。ちゃんと、となりで。
へへっ♪理由は判らないけど、うれしいな。並んで見る殺生丸さまもすごくきれい。
それに、こんなに近くに来れるとは思ってなかったもんね。
ありがとうって言ったら殺生丸さま、「離れるな」って言ったの。
へんな殺生丸さま。りんが殺生丸さまから離れることなんかあるわけないのに。
そう言ったら、「今の言葉、忘れるな」だって。
りん、もう子供じゃないんだから、迷子になんかならないよ?
でも、心配してくれてるのかな?大丈夫だよ、絶対見失ったりなんかしないからね……



【終】

『文箱』に戻る