『5 守る』




「守るものなどない」


そう、信じていた。 実際、今まで生きてきた数百年の間ずっとそうだった。
第一、そんな言葉が脳裏を掠めたことすらない。父に問われても「くだらん」と一蹴した―――
他者を顧みることなど無く、邪魔であれば呼吸するかのように容易くその爪で、毒で屠ってきた。
父の残した破壊の剣を探し、強さのみを求め、何者も自分を動かすことなど叶わない。


―――その筈だった


「邪見さまっ、見て!魚がたくさん泳いでる!殺生丸さま、りん捕ってくるねっ♪」
 言うなり、双頭竜の背から飛び下りて走っていく。

「りん!勝手に行くな!殺生丸さまの足をお止めしては―――」
「邪見」

口煩い下僕を制し、近くの木にもたれて腰を下ろす。
邪見はりんの手伝いに向かった。この老妖怪は発する言葉ほど少女を疎んじているわけではない。
あれこれ言うのもその身を案じてのこと。りん本人もそのことを判っているのだろう、よく慕っている。

春のうららかな陽気の中、光が反射して輝く川で笑っているその姿は無邪気そのもの。 
一帯に穏やかな時が流れる―――



 (いつからなのか・・・りんの為に歩みを止めるのが当然になったのは・・・)

ふとそんなことを思っていると、りんがこちらに向かって笑いながら駆けてくるのが見えた。
その後ろでは邪見が自身の背の半分ほどある魚を2匹抱え、よろよろしながら歩いてくる。

どうやら、存外時間が経っているらしい。陽も中天を過ぎたばかりだったのにもうすぐ夕刻だ。
らしくない物思いを断ち切るべく立ち上がったその時、石に躓いてりんの体が前のめりになる。
邪見があっ、と叫ぶ。




―――次の瞬間、気が付くとりんの体を抱きとめていた。

りんがほっとした表情で礼を言う。怪我の有無を確かめ、血の匂いがしないことに安堵する。
そして気付く。
そうだ、歩みを止めるどころか、その身に危険が迫れば迷う事無く助けに向かった。例え、どんな所であっても。

守るなどと思ったわけではない。

では何故?己が拾った命が己のあずかり知らぬ所で失われるのが気に入らなかったのか?それとも―――


「殺生丸さま?」
自分を抱きとめてくれたそのままの姿勢でじっとしているのを不思議がってりんが声をかける。
またいつの間にか考えに耽っていたことに苛立ち、手を離し無言で歩き出す。
りんもさして気にする様子もなく後ろを歩き、邪見と阿吽もそれに続いた。




程なくして一本の大木の下に片膝を立てて座る。今夜はここが寝床と悟ってりん達は薪を集めて火を熾しさっきの魚を焼き始めた。
その様子を見るとはなしに見る。次いでりんを抱きとめた自分の手を見る。
りんの感触も体温もはっきりとまだ残っている。それは決して不快なものではなく、心地よかった。
漂うりん自身の匂いも同様で段々と気持ちが落ち着いてくるのが判る。


(本当にどうかしている―――)
そう自嘲してみるが詮無いことだとすぐにやめた。理由など要らない。
今日までりんを連れ歩き、その身を脅かすものを排してきたのは紛れもなく己の意思であり、
これからもそれを続けるのに何ら迷いは無いのだから。
それでいい。
己の(もと)にいる限り、その命も笑顔も声も全てもう失わせはしない。
それが父上の言っていた『守る』ということであろうがなかろうが、どうでもいい。

ただ、己のやりたい様にやるだけだ。
なにものにも縛られはしない、誰にも文句は言わせない




――――――りん、お前にもだ。




【終】




[H19・11・1]



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