『7 ごはん』

  ※一応『天下覇道の剣』より後という設定になってます。





―ここは楓の村。既に日は落ち、辺りは暗闇に包まれ始めた。その中であちこちの人家から温かで優しい灯りが仄かに漏れている。耳を澄ませば人々の談笑する声と草木が風に揺れる音。
戦国の世とは思えぬほどに、穏やかな空気が流れ、普段は静かな楓の小屋も今夜は賑やかな声が聞こえてくる。


「さぁりんちゃん、どれでも好きなのをどんどん食べてね〜!卵焼きとかどう?」
「この小さいタコが美味いぞ!ふしぎな肉の味がするんじゃ!」
「普段は苦労してるんだし、こういう時ぐらいゆっくりしていきなよ。」
「遠慮してはいけませんよ?」

口々にこの珍しい客人に言葉をかけていく。時折一行は旅の休息とかごめの里帰りのため楓の村に戻っているが、今夜はいつもとは違う。
そう、あの殺生丸の連れている人間の少女、りんを夕食に招いているのだ。
姿を見た事はあっても言葉をかわす機会は殆どなく、想像だけが先行していた状態だったので、皆話したくて仕方なかったのだ。
叢雲牙の件の折、行動を共にした事があったが、とてもそれどころではなかった。

もちろん、単なる興味だけではなく妖怪と共に旅をしているりんを心配もしている。
ちゃんと食べているのか、危険な事が多くはないか、殺生丸や邪見からどんな扱いを受けているのか―――
とはいっても、りん本人のこざっぱりした服装や健康そのものの顔色や表情、
何より、二度も殺生丸が二度もその身を助け出すのを目撃した立場としては、そんな心配は杞憂だと判っている。
現に今日も、小屋に入っては来なくとも邪見と阿吽が付いてきており、ブツブツ言いながらも村はずれでりんを待っているのだ。


だが、それでもやはり心配なことはある。
人間の―それも、まだ小さな女の子に関する知識や配慮があの妖怪たちに備わっているとはとても思えない。
日常生活の上で困ることも多々あるに違いない。
だからこんな機会があったとき位は、お腹いっぱい食べて楽しんで、できれば相談もして貰いたい―――そう思っていた。
りんも、そんな自分への気遣いを何となく肌で感じ取っており、知り合って間もないかごめ達だがすっかり打ち解けている。
なにより殺生丸と、犬耳で、犬夜叉と呼ばれているあの少年とは兄弟なのだと邪見から聞いている。
親近感を覚えるなと言う方が無理かもしれない。

そんなわけで、すっかり場に馴染んだりんは珍しくてとてもおいしい食べ物に目を輝かせ、おしゃべりを楽しんでいる。
まるでずっと一緒にいたかの様な、実に自然かつ和やかな雰囲気でかごめの持参した
沢山のお弁当を皆で囲んでいたのだが―――


 ただ一人、犬夜叉だけは会話に加わることなく、複雑そうにその様子を見るとはなしに見ていた。
殺生丸がりんを連れている事など以前から知っているし、それについて何か言うつもりもない。自分には関係ない事だと、今まで考えたこともなかった・・・いや、考えたくなかったのかも知れない。
今までさんざん人間や半妖の自分を蔑んできた兄。その兄が、無力で連れていても何の益にもならない少女を保護の対象としている・・・その、動かしようもない事実を改めて見せつけられて、犬夜叉はどう表現したら良いのか判らない妙な、腹立ちにも似た落ち着かなさでいっぱいになっていた。

できれば今すぐこの場から離れて一人になりたい位だが、そんなことをすれば、りんが気にする事は目に見えているし、 何よりかごめの「おすわり」は勘弁して欲しい。
結局立ち上がることも会話に入ることもできず、何で こんなことになったんだか、と今更な考えが頭をよぎる。



                    *     *     *



そもそものきっかけは、二日前に偶然りん(と邪見)に会ったことだった。その日、一行は川に沿う形で旅を進めていた。
天気も良く、近くに危険な気配もない長閑な雰囲気を味わっていたのだが、
突然犬夜叉の足が止まった。そして、軽く眉間に皺をよせる。

「どうしたのー犬夜叉?」
「・・・・・・いや、なんでもねえ・・・。」
「なんでもないって顔じゃないですよ?」
「・・・まぁ、あいつは今いねえみたいだしな・・・面倒なことにはならねーだろうけど・・・。」
「だからっ、一体何?」
「・・・少し先に、邪見とあの竜と・・・りんがいる。」
「えっホント?じゃ早く行こっ♪」
「ちょっ、待てよかごめ!何で嬉しそうなんだよ!?」
「別にいいんじゃない?殺生丸はいないんだろ?私もりんに会いたいしさ。」
「・・・けどよー・・・・・・。」
「とにかく行きましょう。お前がしぶってる間に、ほら、かごめ様はもう二人と話してるみたいですよ?」

何っ?と顔を上げた犬夜叉の耳に、かごめと話す二つの声が飛び込んでくる。


「こんにちは。久しぶりね、りんちゃんv」
「あっかごめさま!こんにちは!・・・あれ?他のひとたちは?」
「な、何で貴様がここにっ!?まさか犬夜叉もおるのか!?」
「うるさいわねーいいじゃない、別にあんたに会いに来たわけじゃないんだから!犬夜叉たちもすぐ来るからね、りんちゃん。」

邪見を軽くあしらってりんに向き直り笑いかける。りんもそれに笑顔で答える。
もう、出て行かないわけには行かなかった。(しぶしぶ)姿を見せた犬夜叉と弥勒達にもりんは嬉しそうに挨拶をする。
殺生丸達と旅をするようになってから親しくなったのは、琥珀とかごめ達だけだ。
こんな風に偶然会えるのは素直に嬉しい。犬夜叉も、決してりんを嫌っているのではない。
無邪気な笑顔は見ていて心が安らぐ。―――あの兄のことさえなければの話だが。


「何してるの?」
「ごはんにね、魚をとろうとしたんだけど・・・今日はうまくいかなくて。」

少し顔を傾け、苦笑する。それを聞いて、そういえば・・・とかごめにある疑問が浮かんだ。
今まで思い至らなかったのが不思議なくらいに基本的なこと。

「・・・ねぇりんちゃん。普段、ごはんってどうしてるの?」
 あっ・・・と後ろから声が重なる。どうやら、全員かごめと以下同文だったらしい。心配げな瞳でりんを覗きこむ。

「うーんと・・・山でキノコとか木の実を探したり・・・トカゲや魚捕ったり・・・それから・・・・・・」
 語尾で言い淀むりんに、かごめは優しく微笑んで続きを促した。りんが少し申し訳なさげに言葉を継ぐ。

「・・・畑で瓜とか盗んでるの・・・邪見さまに見張ってもらって・・・・・・。」

誰かが一生懸命作ったものだという事も、それを盗ってはいけないということも知っている。
でも、自分は殺生丸達とは違う、ただの人間だ。人間は生きるために毎日なにかを食べなければいけない。
いつもいつも自然からの恵みを享受できる筈がない。りんには生きるために必要なことだった。

・・・少なくとも 、殺生丸達と行動を共にしている限りは。

普段はそのことについて罪悪感を感じることは特にないのだが、人に話すのは、やはり少し恥ずかしかった。
俯くりんを見て、かごめ達は殺生丸に対して軽い怒りを覚えた。小さい女の子にこんな気を遣わせて何をやっているのか、子供の面倒を見る様な性格でないことは充分承知しているが、それでも連れ歩くのならば、最低限の世話はするべきではないのか?

そんな、初めて会った頃は爪の先の、更に先ほども考えられなかったことを、今は普通に考えているという事に気付く者はいなかった・・・。
場の空気を察したのか、りんが再び口を開く。

「でもね!りんが食べ物探しに行ってる時はちゃんと待っててくれてるし、邪見さまも阿吽も手伝ってくれるの!
殺生丸さまからも、最初に《自分の食い物は自分でとって来い》って言われてるもん!」

笑顔全開でそう言い切られると、もはや何も言えることはない。最後の部分には激しく疑問を感じるが、りん自身がそれを当たり前のこととしているのなら、それで満足しているなら仕方がない。

だが、それでも!せめてもという思いで夕食会を提案したのだった。
当然、満場一致で(犬夜叉はかごめの無言の気迫に押されて)それは決定事項となった。
特に七宝は、またあの弁当が食べられるのを飛び上がって喜んだ。

が、問題がひとつ残っている。殺生丸だ。あの大妖が果たして自分らの申し出を聞き届けてくれるのだろうか?甚だ自信が無かった。
一旦別れた後も、あの時のりんの喜んだ顔を思い出しては、皆気を揉んで返事を待っていた。
そして、翌日やって来た邪見からもたらされた返事は―――


「ホント!?殺生丸、良いって!?」
「良かったね、かごめちゃん!」

意外、といえば意外な結果にほっと胸を撫で下ろす。すかさず、弥勒から邪見にツッコミがかかる。

「いやー驚きですねぇ。兄上殿のことですから、断られても仕方がないと半分諦めてたんですが?どうやって説得したんです?」
「説得も何もあるかっっ!!だいたい殺生丸さまはりんには物凄く甘いんじゃっ!りんがちょーっと頼む素振りを見せただけでっ・・・(はっ)!」

途端に凶悪な笑みを浮かべた法師に、邪見は自分はとんでもないことを言ってしまったのでは、と遅すぎる後悔で背中を嫌な汗が伝う。
見れば、向こうで盛り上がっていたかごめらも集まっていて、邪見は完全に包囲されていた。
何でこんな単純な誘導尋問に引っかかってしまったのかと、自分が嫌になる。
が、今はとりあえず、この場を脱出しなければならない。このままでは状況が悪化するだけである。
洗いざらい白状させようとする弥勒らから逃れたい一心で、叫びともとれる悲痛な声で阿吽を呼び、一目散に逃げていったのだった・・・。



                   *     *     *



―――そんなこんなで、今に至るというわけだ。囲炉裏の周りでは今も談笑する声が響いている。

「りんちゃんどう?おいしい?」
「うんっ♪見たことない物ばっかり!りんと邪見さまだけじゃ料理できないもん。
それにこんな風にごはん食べるの久しぶりだし。ほんとにありがとう!」

心の底からの、感謝の言葉。頑張ってお弁当を用意してきた甲斐があるというものだ。
だが、その様子を見れば見るほど、犬夜叉の中に自分でもよく判らない負の感情が渦巻いて、そして―――


「そんなに楽しいんならよー、この村に来たらどうなんだ?」

今まで一言も喋らなかった犬夜叉の、あまりにも突拍子のない発言に場が一瞬固まる。
いち早く現状復帰したのはかごめだった。

「突然何言ってんのよ!?そんなの言われたらりんちゃんも困るじゃないの!」
「だってそうだろ!?食いもんは自分で盗んでまで調達しなきゃなんねぇ、野宿で雨をしのぐにも一苦労、本来なら関わりねぇ妖怪の争いにも巻き込まれる。大体、あの殺生丸がいつまでもりんを連れている保障なんかどこにもねぇ!」

言ってはいけない一言だと判ってはいても、一度言葉にしてしまったらもう止められなかった。
犬夜叉自身も、どうしてここまで腹立たしいのか判らなかった。これじゃあただの八つ当たりだ。
小さな人間の少女に対してすることではない。そう頭では理解していても、引っ込みがつかなくなってしまっていた。
自分の言動で混乱している犬夜叉を見て、それまで場を見守っていた楓が静かに、穏やかな声で言葉を紡ぐ。

「落ち着け、犬夜叉。お前がどう思おうと、りんの気持ちが判らぬままでは何も進まん。・・・りん、
 お前はどう思う?思っていることをそのまま犬夜叉に言ってやれば良い。・・・もしも、この村に来る気があるのなら心配は要らない。半妖の犬夜叉も妖怪の七宝も雲母も村に馴染んでいる。妖怪と一緒にいたからと言ってお前を苛める者はここにはいないが。」

全員が、固唾を呑んでりんを見つめる。だが、りんの返答は実に明快なものだった。

「りんは殺生丸さまとずっと一緒にいたいよ?
 この村が良い人たちばっかりなのは判るけど、でもそんなの関係ない。殺生丸さまのところがいいの。どんなごはんでも、どんなところでも殺生丸さまのところで食べるのが一番おいしいの。だから、りん今すごくしあわせ。」

一点の曇りもないどこまでも真っ直ぐな瞳、本当に幸せそうな声音が犬夜叉の中に染み込んでいく。
ささくれだった感情がなりをひそめる。
実はかごめ達も、犬夜叉と同じことを思ったことがある。無理をしているんじゃないかとも。
でも、そんなお節介は全く無用であった。自分たちの入る隙間など紙一枚ほども無いのだ。
再び温かな空気がその場に流れ、宴会は無事終わった。



                   *     *     *



村はずれ、急かす邪見とおみやげが積まれた阿吽の横でりんは何度もお礼を言って帰っていった―――大好きな妖の元へと。
どんどん小さくなっていく後姿を見送りながら、かごめはあの無表情な横顔を思い浮かべる。

   (あそこまで言って貰えるなんて果報者よねー殺生丸・・・。そこらへん、ちゃんと判ってんのかしら?)

そう嘯(うそぶ)いてみるが、自分が心配するまでもないことは充分すぎるほど見せつけられたので、あの二人は大丈夫だと素直にそう思える。本当に、殺生丸についてこんな感慨をもつ日が来るとは思ってもみなかった。
横にいるその弟を見れば、なんとも言えない顔をして腕を組んでいる。

 その瞬間、かごめは唐突に理解した、と同時に笑いが込み上げてくる。・・・なんて可愛いヤツなんだろうと。
急に忍び笑いを漏らし始めたかごめを、犬夜叉は怪訝な顔で覗き込む。

「何だよ?」
「くすくす・・・だって、結局やきもちだったんでしょ?私、てっきり犬夜叉は単にりんちゃんが心配であんなこと言ったんだと思ったけど・・・違うんだ、殺生丸にかまって貰えてるりんちゃんにやきもち焼いてたんだ〜(笑)!」

喋ってる途中でとうとう我慢しきれなくなったかごめがお腹を抱えて盛大に笑い出す。

「なっ・・・ばっ・・・ちがっ・・・んなわけねーだろーがっ!?」
 普段は肌色に近い犬耳の内側を真っ赤に染めて必死に反論する。が、それもかごめの笑いを増幅させるだけだった・・・。


「―――あ〜おかしかった。なんだかんだ言って、お兄ちゃん大好きなのねー犬夜叉って。」

      ―――は?今こいつなんて言った?大好き??おれが?あいつを?――――――!!!

「やめろっ!気色悪ぃこと言うなっっ!!《お兄ちゃん》なんざ二度と言うなよ!?」
「え〜なんで?事実じゃない。お兄ちゃんでしょ〜?今度会ったときお兄ちゃんって呼んでみたら(プッ)?」
「やめろって言ってんだろ!?体中の毛が逆立つんだよっ!冗談じゃねえ!!」
「も〜素直じゃないんだからv 少しはりんちゃんを見習えば?」
「や〜め〜ろ〜!!」


哀れ、こうして犬夜叉は散々かごめのオモチャにされ続けたのであった。
ま、自業自得ということで、 合掌。




【終】



[H19・11・1]



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