『さらでこそ そのいにしへも 過ぎにしを 一夜経にける ことこそかなしき』
出典 / 落窪物語・巻一
――昔あなたと逢わないでいた時は、時間は何となく過ぎてしまったのに、
今はただひと晩逢わずにいただけでも悲しく思われるのです。
一夜
躰に心地よい重みを感じて、りんはゆっくりと目を開けた。まだはっきりと焦点を結ばない目に白いものが映る。これは何だろうと手で触れてみると、手のひらを通してぬくもりと力強い律動が伝わってきた。
(あっ……)
瞬時に状況を理解し、りんの意識が一気に覚醒する。
昨夜――正確にはつい数刻前まで、殺生丸に翻弄され続けたりんは、何度も悦楽の高みに追い上げられ、ついには絶頂の極みで意識を手放した。そしてそのまま殺生丸の腕の中に崩れ落ちていったのを夢うつつに覚えてる。
乱れる声を抑えようとする慎みも理性もいい加減すり切れ、意識を飛ばすほど躰は感じすぎて辛いのに、忘我のままに狂態を晒してしまった。殺生丸の手指で容赦なく全身の快楽を暴かれてさえ、喜んで享受してしまう。いっそ苦痛を与えてくれれば拒むこともできるのにと思うが、きっとそれさえ求めてしまうだろう。
りんは秘かに息をついた。
自分の中に、これほどまでに淫らな性(さが)がひそんでいたとは。
今だってこのまま躰を預け心地いい体温を感じていたら、隙間なく合わせられてる膚は蕩け、躰の奥にくすぶっている埋火が再び燃え上がってしまう。
気配に敏感な殺生丸を起こさぬよう、りんはそっと身動いだ。寸分だけ動いたあと、息をひそめ様子を覗う。聞こえてきたのは深い寝息だけだった。
思わずりんの口元が綻ぶ。殺生丸がこうして、ある意味無防備な姿を自分に見せてくれるのが嬉しかった。そしておそらくは自分と同じくらい満ち足りてくれてるのだと思うと、心にあたたかいものが灯る。
殺生丸が目を覚まさぬように、その腕の中から己が身を引き抜いた。ぬくもりから引き離された躰が寒さを訴える。殺生丸に解き脱がされた夜着に手を伸ばして、ふと柔らかな腕の内側についた紅い花に気づく。肩や胸、背や脚に、そしてもっとも秘めやかな箇所にも散っているだろう情痕に、新たに頬が朱に染まるが同時に幸せな気持ちになる。
りんは我が身を抱きしめた。
殺生丸に愛されるこの身が愛おしくてたまらない。
しばらくそうしていたが、やがて夜着を拾うと躰に纏った。いつの間にか恋人たちの閨を優しく柔らかく照らしてくれていた月は姿を隠し、少しだけ開けた窓の隙間からは強くまばゆい光が射し込んでくる。
どうして夜はこんなにも早く明けてしまうのだろう――知らず、深いため息を漏らしてしまい、思わず恥じ入った。
この浅ましさはどうだろう。まだ太陽が昇りきっていないうちから、次の夜の訪いを心待ちにするとは。こんなにも殺生丸に愛され、悦びを与えられても、まだ足りないと?
違う――。
今はまだ次の夜を待つことができるけど、続く夜の先に辿り着くその時が怖いのだ。せめてその時が少しでも先になればいいと願う気持ちに、恨めしい思いが募ってしまう。
ならば、長い夜が欲しいの? と自問すれば、即座に首を振る。
昔、旅の空の下で、楓の村で、殺生丸を待つ夜は果てなく長かった。
殺生丸のいない、長いだけの夜に何の意味があるだろう。たとえ天人に永遠の時を授けてやろうと唆されても、そんなものいらない――。
つと、苦笑いがこぼれる。
殺生丸を待つ闇の中で願っていたのは、早く夜が明けて欲しいことだった。その願いが叶うと今度はやっぱり長い夜の方がいいなどとは、天の人も呆れ返ってることだろう。
埒もない考えに、りんの口元が先ほどと同じ笑いを象(かたど)る。
早いか遅いかの違いだけで、現し身はいつか朽ち果てる。それを惜しんでも仕方がない。
けれどきっと魂は、殺生丸に愛されたことを覚えてるだろう。その時がくるまで、この魂に幸せな記憶を刻めばいい。それを持って冥府に行けるなら、何も怖くない。
いつしか笑みは穏やかなものに変わっていた。
ちゅん、と小鳥が窓辺に寄ってきた。小鳥は踊るように跳ねながらりんに近づく。りんが微笑むと、返事をするかのように小鳥がさえずった。
未だたゆたう世界に身をおく情人を思い、まだ起こさないでと、りんはそっと口元に指をあてる。小鳥は首を傾げると、やがて飛び去って行った。
その姿を見送りながら、もう少し、せめて今だけでも朝を告げるのは待って、と呟いた。
「Noble Noir」のににぎさまが、拙宅の一周年にこんな超萌えSSを下さいました!!
それも拙宅の拍手お礼文「三十一文字シリーズ」風味v
嬉しいやら申し訳ないやら萌えるやらで、どうしたら良いのか;;
「事の後」というシチュだけでかっなりツボです/////
不安定に揺れながら大人の女になっていくりんちゃんがもう……!
恐らくは余韻に浸りながらまどろんでる兄に激しく突っ込みたい。
一体どんだけy…(殴殺っ)。
失礼しました;;
艶っぽい雰囲気の中にも切ないかほりが漂い、ほんのりほのぼのも味わえるという逸品v
ににぎさま、この度は本っ当にありがとうございました!
私の方こそ今後もイロイロお世話をかけると思いますが、どうぞ仲良くしてやって下さいませ。
[H20.11.5]
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