あなたは、月。
暗闇の中を彷徨っていた私の前に道を照らしてくれた、優しい月。
あなたがいなければ、今自分が何処にいるのかすら判らない。
何も見えず、何を知ることもなく、流した自らの血にさえも気付かなかった。
あなたがいたから、私は深い夜でも迷いなく歩くことが出来る。
あなたは、月。
たとえ私がどんなに遠い所へ行っても、仰ぎ見ればいつも見守ってくれている月。
何処にいても、どんな時でも、たとえ暗い雲に覆われていたとしても。
物言わずとも、必ずあなたは其処に在る。
まるで真昼の月のように。
変わらないその光で、私を包んでくれる。
あなたは、月。
毎日、様々に表情を変えてゆく月。
静かに、穏やかに、光を分けてくれる夜。
明るく温かく、真っ直ぐに照らしてくれる夜。
まるで私なんか見えていない様に、こちらを向いてくれないまま、終わる夜。
影すらも見せてはくれず、闇の中であなたを恋うて明かす夜。
そんなあなたに、私は一喜一憂する。
あなたは、月。
いつもいつも同じ処から私を見下ろしている月。
近付きたくて、触れたくて、手を伸ばす……届かないと知りながら。
どんなに息を切らせて追いかけても、決して辿り着けない。
在る世界が余りにも違いすぎて、同じ処になど行けやしない。
無駄でしかない徒労と寂莫に暮れる私を、あなたはいつもと同じ光で、同じ場所から見下ろすだけ。
私にとって、あなたは月そのもの。
――だからかな?
闇に漂い、銀(しろがね)を放つ下弦の月が、金(こがね)に輝く望月よりも完璧な姿に見えるのは。
それは触れれば血を流す、鋭い刃のよう。
でもその月は、どこか寂しげで……無性に、抱き締めたくなる。
溢れ出た朱と共に、この命も流れてしまって構わないと思う程に。
貰ったぬくもりを、少しでもあなたに返せるのなら、私はどんな事でも厭いはしない。
……でも、ずっと傍にいたい。
相反する願いを抱え、今日も私は、あの光を待ち焦がれている。
【終】
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